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環境めがねで見てみようVol.6 | 藤田 成吉さん

イソップ物語「金の卵を産むニワトリ」編

2012.3.8 UP

昔話の中には、自然と付き合う大切な知恵の数々がシンボリックに表現されたものが少なくありません。今回は、イソップ物語「金の卵を産むニワトリ」を題材に、〈環境めがね〉をかけて、昔話に秘められた宝(知恵)探しをしていきましょう。

江戸時代すでに紹介されていたイソップ物語

日本に最初に紹介された西欧文学って何だか知ってました?のっけからこんなこと聞かれても面喰らっちゃうかもしれませんね。実は4百年以上も前の文禄2年、スペインの宣教師が「ラチン(ラテン語)を和して(訳して)日本の口(日本文)とな」(※1)したキリシタン版天草本『イソポのハブラス(イソップ物語)』だとか。 作者のイソップは紀元前6世紀頃の人だそうですが、巧みな動物寓話(教訓または風刺を含めたたとえ話)で親しまれてきた『イソップ物語』も、昔話によくあるように長い間に各地に拡がるにつれて書き換えられたり、加えられたりしているようなんですね。
たとえば有名な「アリとキリギリス」も、もとは「蟻と蝉」。ところがヨーロッパも北に拡がるにつれて蝉が少なくなる。これでは'たとえ話'にならないので、蝉からキリギリスに変えられたのだとか。たとえの'効き目'を持続させるのも大変というわけ。最近では「働き者で知られるアリも実は7割は休んでいて、1割は一生働かない」なんて本(※2)が話題になっているようだけど、困ったね。でもアリでここまで定着してしまうと、今さら代わりを探そうとしてもちょっと無理じゃないかな。

さて、お題の「金の卵を産むニワトリ」ですが、この際だから江戸時代の万治絵入本『伊曾保物語』(岩波文庫)で読んでみましょうか。

ある人、鶏を飼いけるに、日々に金(こがね)のまろかし(球)を卵(かいご)に産む事あり。主(ぬし)、これを見て慶(よろこ)ぶ事、限りなし。然れども、日に一つ産む事を堪えかねて「二つも三つも、続けざまに産ませばや」とて、その鳥を打ちさいなめども、その験(しるし)もなし。日々に一つよりほか産まず。
主、心に思ふやうは、「いかさまにも(きっと)、この鳥の腹には、大なる金や侍るべき」とて、その鳥の腹を割く。かやうにして、頂きより足の爪先に至るまで見れども、別(べち)の金はなし。
その時、主、後悔して、「もとのまゝにて置かましものを」とぞ申しける。

どうです、少し戸惑ったかもしれませんが、『イソップどうわ』などで読むのとは違った味わいもありますよね。そこで更に味わい深い?ものにするため、'環境メガネ'で三つの点を中心に考えてみましょう。

生物や生態系の利用には“制限速度”がある

まずは、ニワトリが日に一つ卵を産む事これって、このたとえ話の前提ですよね。で、またまた聞いちゃいますが、どうしてニワトリが毎日卵を産み続けることができるか知ってました?鳥って繁殖期にせいぜい十個前後の卵を産むんじゃなかったっけ?もしニワトリもそうだったとしたら、たとえの効力もイマイチですわな。

ニワトリは産んだ卵を失ったら、また卵を産む。この性質を利用し長い年月をかけて品種改良し、年がら年中せっせと卵を産むニワトリを殖やしたんだと。ついでに飛ぶ力や巣を造ったり卵を温める本能も退化させたみたいで、すでに古代エジプトでは卵を数百ダースも竈(かまど)に入れて三週間ほど温め、孵化させていたという。まあ、こうしてみるとニワトリさんには(と、あえて'さん'づけにしますけど)、この物語に登場いただく前にかなり無理をお願いしているってことになりませんか。

次は、日に一つ産むことを堪えかねし事ニワトリさんが日に一つ卵を産んでくれることだけでも有り難いことなのに、なんと金の卵ですよ。それを1日1個じゃ堪えられないとはなんてグリード(強欲)な、と言いたいところですが、'金'だからこそ欲に執りつかれてしまったのかもしれません。Time is money、時は金なり!どんどん生産しろ!効率性、生産性を上げろ!'堪えかねし事'を、市場主義経済の用語に置き換えればこんなところでしょうか。

でもね、エコロジー経済学の分野では有名な、デイリーの三原則(※3)の一つはこう言っている。「再生可能な資源の持続可能な利用の速度は、その再生速度を超えてはならない」。この原則のキモは速度、スピードです。 つまりニワトリさんに卵を産ませる速度をT1 とし、ニワトリさんが卵を再生産できる速度をT2とすると、

T1 ≦ T2

にしないとダメってこと(あ、かえって分かり難くしちゃったかな)。要するにですね、生物や生態系の利用にも'制限速度'とか'追い越し禁止'のルールを守る必要があるってことです。

もう一つは、その鳥を打ちさいなむ事日に二つ、三つ産まないからといって暴力を振るうのはいけませんねー。これは虐待ですよと言いつつ、また聞いちゃいますけど'動物福祉'って知ってました?将軍綱吉の「生類憐みの令」のことかって?ブー!実は'アニマルウェルフェア'を訳したもので、動物の健康や習性などに配慮し、飼育などで苦痛やストレスを減らすための取り組みを行うこと。EUを中心に1990年代から基準づくりなどが進められている。たとえばニワトリさんでは、1羽当たりの面積を定め狭いケージ(金網の籠)の中に押し込めて飼育する方法を改善するとか、嘴でつついたりかき混ぜたりできる床敷にするとか、ケージ飼いを徐々に廃止しようとか。日本でも昔ながらの平飼いに取り組む養鶏農家もあるようだけど、元気なニワトリさんが産んでくれる金の卵ならぬ健康卵、増えてくれるといいね。

さて、このイソップ物語の教訓に「その如く、人の欲心にふけることは、かの主が鳥の腹を割けるに、異ならず・・宝を落として、その身をほろぼす者なり」とあるを知りて、ある人、「鳥の腹を割くによりて、宝を落とすとは、環境を破壊するに異ならず」とぞ申しける。なんちゃって。

次回は、中国の民話「孫悟空」です。請うご期待!


※1 『天草本 伊曾保物語』 岩波文庫

※2 『働かないアリに意義がある』 長谷川英祐  メディアファクトリー新書

※3 アメリカのエコロジー経済学者ハーマン・デイリーが提唱。ちなみに、第2原則は「再生不可能な資源の利用速度は、再生可能な資源の持続可能なペースでの利用へと転換する速度を超えてはならない」、第3原則は「汚染物質の持続可能な排出速度は、環境がそうした物質を循環し無害化できる速度を超えてはならない」というもの。

Prolile

  • 藤田 成吉(ふじた せいきち)
  • 藤田 成吉(ふじた せいきち)
  • 元東海大学教養学部人間環境学科教授。
    主な著書に『環境キーワードの冒険』(日報)、共著に『持続可能な社会のための環境学習』(培風館)、『地球市民の心と知恵』(中央法規)、『ビジネスと環境』(建帛社)などがある。(公社)日本アロマ環境協会(AEAJ)理事。