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環境めがねで見てみようVol.10 | 藤田 成吉さん

昔話「ネズミの嫁入り編」編

2015.1.23 UP

昔話というとあなたは何を思い浮かべますか。子どもの時に聞いた昔話や子どもにいま読んで聞かせている昔話のこと、なかには囲炉裏端の記憶、お母さんやおばあちゃんの膝の上の温もり、紙芝居、アニメなどもあるかもしれませんね。このように昔話は世代を超えて様々なところで語り継がれ、楽しまれてきたエンターテイメントと言えるでしょう。
さて、昔話は何だか荒唐無稽な物語のように見えますよね(これも面白さの一つですが)。でも、採集狩猟や伝統的な農耕牧畜生活に深く根ざした昔話の中には、自然と付き合う大切な知恵の数々がシンボリックに表現されたものも少なくありません。さあ、どんな知恵が隠されているか。皆さんも一緒に〈環境めがね〉を掛けて、昔話に秘められた宝(知恵)探しのアドベンチャーを楽しんでみませんか。

今回の昔話は「ネズミの嫁入り」です。日本の十大昔話のひとつ(※1)なんて言われているし、どんなお話かご存知だと思いますけど、まずはストーリーを簡単に振り返っておきますね。

① ネズミのお父さんとお母さんが、空の上から明るく照らす太陽が世界で一番偉いと考え、可愛い娘をお嫁さんにしてもらおうと頼みにいくと、太陽は「私を覆い隠す雲さんのほうが偉い」。
②雲さんに頼みにいくと、雲は「私を吹き飛ばす風さんのほうが偉い」。
③風さんに頼みにいくと、風は「私を塞ぐ壁さんのほうが偉い」。
④壁さんに頼みにいくと、壁は「私を齧(かじ)るネズミさんのほうが偉い」。
⑤「なるほど世界で一番偉いのは私たちネズミ」。そこで娘は隣のネズミの息子と結婚し、幸せに暮らしました、とさ。

ひょっとして、婚活ゲーム?!

このように似かよったモチーフが次々に積み重ねられていく昔話は累積譚と呼ばれていますが、「ネズミの嫁入り」を久し振りに(でもない人もいるかもしれないけど)読んでみて、あなたはどんなことを思い浮かべました?
そもそもネズミが太陽や風などに求婚するなんて奇想天外な話ですけど、たとえばどちらが偉いか、それぞれもっともらしい理屈も面白いし、次から次へと入れ替わる話の展開も面白い。で、ネズミが世界で一番偉いなんて荒唐無稽な結論に妙に納得させられたりして。
また、近ごろ巷(ちまた)で話題の婚活をネタにしたゲームのような気もしたりしますけど、これってビンゴかも。この昔話の元ネタは仏教説話を集めた鎌倉時代の「沙石集」(※2)の中にあって、高望みをしないで分相応な相手と結婚するのが幸せ、という教訓を笑話風に語ったものだという。でも、お父さんとお母さんが娘の結婚相手を決めようっていうのはどうなの、婚活に父母同伴なんて気持ち悪いよ、なんて言いたくなったりしますよね。
実はこの「ネズミの嫁入り」には、元ネタの元ネタ(※3)があるらしい。天竺(てんじく)の代表的サンスクリット古典「パンチャタントラ」では、隠者の父曰く「婿が見目麗しくとも、娘の気に入らぬときは、娘の幸福を願うなら嫁がせるべきではない」。ネズミの娘「太陽はひどく燃やすのでイヤ」、「雲より優れた者がいい」。「風は動きまわり落着きがない」。「山(このバージョンでは‘壁’ではない)は堅いのでイヤ」。父が山に問う「あなたより優れた者がいるか」。山が答えて曰く「ネズミが優れている。私の体じゅうに穴をあけてしまうのだから」。娘はネズミの彼が気に入り喜んでネズミと結婚しました。まぁ、‘ジェンダーめがね’をかけるまでもなく、婚活ゲームにはこのバージョンの方がいいんじゃないでしょうか。

「エコ思考」とレッスン

ところで、‘環境’については何か思い浮かびました?えっ、「ネズミの嫁入り」を縦にしても横にしても引っ繰り返しても、何も浮かんでこない?
では、立花隆さんのすすめる「エコロジー的思考」(※4)で、「環境めがね」のピントを調整してみましょう。彼曰く、生態学の思想(ものの見方・考え方)は価値体系の転換を要求している。これなしに人類の未来はない。そこで、まずは簡単なクイズに答えたまえ、と。
[問]次の人物のうち、生態学的なものの見方を身につけていると思われる人物に○をつけよ。ワーグナー、ドストエフスキー、毛沢東、カポネなど10人。
[答]は何と全員○。十返舎一九もその一人。十返舎一九は「東海道中膝栗毛」の中で‘風が吹けば箱屋が儲かる’と考えた男の話を書いている、と。
弥次さん喜多さんが、蒲原の木賃宿で同宿した六部(巡礼の一種)から聞いた話の顛末は・・・

①若いとき江戸に住んでいたが、その頃夏から秋にかけて毎日毎日強風が吹き荒れた。
②江戸の街では砂ぼこりにやられて眼を傷める者がたくさん出るに違いない。
③生計を得るための門付けが増え、三味線が売れる。
④三味線の胴は猫の革、猫狩りが盛んになって猫が少なくなる。
⑤するとネズミが増え、ネズミは箱を齧るので箱が売れる。
⑥そこで財産をつぎ込んで箱を仕入れたが、目論見が外れて箱は一つも売れず、世の無常を悟り行脚している。

この話って、江戸の街に風が吹き荒れる(環境問題が発生する)とその影響がどうなって、その次にどうなってと関係づけながらシュミレーションしていますよね。で、立花隆さんは、この考え方の構造は正しい、考え方の適用には失敗したが、これこそ生態学的思考である、というわけ。
少し脱線しますけど、江戸の街では古紙や古着、屎尿をはじめ、竈(かまど)の灰の「灰買い」、穴のあいた鍋釜を修理する「鋳掛屋」などの環境ビジネスが繁盛していたという(※5)。弥次さん喜多さんが聞いた六部の話は、考え方はよかったもののマーケティングを疎かにしたエコビジネスの失敗事例だったってことかもしれません。

「ネズミの嫁入り」のエコロジー

さて、「風が吹けば箱屋が儲かる」と「ネズミの嫁入り」の二つの話には共通点がありますよね。どういうわけか共にネズミがキーアニマルですけど、そんなことよりも立花隆さんのおっしゃっている‘考え方の構造’が似ていると思いませんか?
エコロジー(生態学)は‘関係の学’とも言われますが、太陽、風などの擬人化された登場人物たちが‘どっちが偉いか’を巡って 次から次へと関係づけられている。しかも、太陽・雲・風(非生物的自然)、壁(人工物=文明)、ネズミ(生物の代表)とダイナミックでスケールも地球規模。でも、昔話にことよせてネズミを生物の代表にするってやっぱりおかしい、ですか。いや、あながち荒唐無稽とばかりは言えないかも。恐竜、人類、その次は「ネズミが地球を征服する?」(※6)なんて話もあるくらいですしね。それに‘壁よりネズミが偉い’は、生態系を破壊することで繰り返されてきた文明の崩壊をシンボリックに示している、とコジツケられなくないかもしれない(ちょっと無理矢理かな)。

では、環境めがねで別の角度からもう一つ。たとえば、会社でも役所でも思い浮かべてみてください、どちらが偉いかでポジションを決めていくと普通は縦型の構造になりますよね。また、食うか食われるかどちらが捕食者かで考えて、人間が食物連鎖の頂点にいる、人間さまは偉いんだとか。ホント、生産者(植物)や分解者(菌類、細菌類)を軽く見ていますよね。
ところが、「ネズミの嫁入り」は‘どっちが偉いか’で下から上に向かって縦に序列化されてはいない。頂点のない円環構造になっている。しかも、実はエコロジーのディープな宝物も秘められている。
では、秘密の扉を解く鍵は何か?答は‘無知のベール’(※7)。それぞれの登場人物のうち最初に婚活をスタートさせる者が、ネズミのように自分の<偉さ>を知らない。そして、それぞれが物語を始める。
太陽から始めると、②私を覆い隠す雲さんがこの世で一番偉いと考え、娘を嫁にして下さいと頼みに行くと、雲は「いや私を吹き飛ばす風さんのほうが偉い」③風④壁⑤夜行性のネズミは「いや高い空から明るく照らす太陽さんのほうが偉い」。①「そうか太陽が一番偉いんだ」。太陽は娘(金星)を別の太陽族(恒星)に嫁がせました。
次のバージョンで、雲から始めると③「私を吹き飛ばす風さん、私の娘を嫁にして下さい」。風の言うには「いや私を跳ね返す壁さんのほうが偉い」。④壁⑤ネズミ①太陽②雲「そうか雲が一番偉いんだ」。~
次の次は「風」、次の次の、次は……
ね、この昔話は本当は静的で固定的な構造じゃない。生態系に相応しいグルグル回る動的な循環構造になっている。しかも、それぞれが一番偉いということは、だれもだれより偉くない、等価だってこと。自然界には人間も含め偉いとか偉くないとかは関係ない、ってわけ。
環境めがねの解像度を上げると、昔話「ネズミの嫁入り」はひょっとしたら脱人間中心主義の「ディープ・エコロジー的思考のすすめ」としても読めるかもしれませんね。

次回は最終回の昔話「聴耳頭巾」を予定しています。最後までお付き合いいただければ幸いです。


※1 「日本の神話と十大昔話」、楠山正雄、講談社学術文庫、1983年
「桃太郎」や「花咲じじい」、「かちかち山」などとともに「ねずみの嫁入り」が取り上げられている。

※2 「沙石集」、鎌倉時代の仏教説話集。著者の無住一円は、広い知識によって様々な文献から引用したり、直接見聞きした民間に伝わる話を取り上げ、俗語を多用しながら耳に入りやすい説話集を編み、民衆を教化したと言われている(「ブリタニカ国際大百科事典」参照)。

※3 「昔話の森」、野村純一、大修館書店、1998年
「日本昔話ハンドブック」、稲田浩二/稲田和子編、三省堂、2010年

※4 「エコロジー的思考のすすめ」、立花隆、中公文庫、1990年

※5 「環境カオリスタ検定 公式テキスト」、(公社)日本アロマ環境協会、2011年

※6 「ネズミが地球を征服する?」、日高敏隆、ちくま文庫、1992年

※7 「正義論」で著名なアメリカの政治哲学者ジョン・ロールズ(1921~2002年)が提案した思考実験。「無知のベールを被って自分がどんな存在なのか分からなかったとしたら…どんな社会が望ましいか考えてみよう」というもの。(「正義/自由論―寛容の時代へ」、土屋恵一郎、岩波現代文庫、2002年、参照)

Prolile

  • 藤田 成吉(ふじた せいきち)
  • 藤田 成吉(ふじた せいきち)
  • 元東海大学教養学部人間環境学科教授。
    主な著書に『環境キーワードの冒険』(日報)、共著に『持続可能な社会のための環境学習』(培風館)、『地球市民の心と知恵』(中央法規)、『ビジネスと環境』(建帛社)などがある。(公社)日本アロマ環境協会(AEAJ)理事。