ファッションの世界から、食の世界へ

20代の頃はファッションスタイリストやアパレルブランド参画など、常に最新コレクションを追いかける業界に身を置いていました。しかし30代になる頃から、新しいものが良しとされることに、だんだんと違和感を覚えるように…。本当に上質なものは時を経ても上質であり続けるし、気に入ったものを長く着続けること自体も素敵なことですよね。そんな中、自らアプローチしてフードアーティストの諏訪綾子さんの仕事を2年ほどご一緒させていただいたこともあり、私自身の仕事の軸足もファッションから食へと移っていきました。

右手と左手で、できる範囲のことだけを

フードスタイリストとしてあらゆるお仕事をさせていただいていましたが、出産を機に、この仕事を続けるのは難しいだろうと思うようになりました。0歳の子どもを抱えながら仕事を再開したら、時間的制約という側面だけでもパフォーマンスが下がるだろう。そうしたらきっと自分は悔しさと苦しさを抱えてしまうだろう、と。生後3ヶ月の息子を抱え、これからの仕事のあり方を考えあぐねていた頃、建築家の主人が売りに出ていた物件を見に連れていってくれました。元ラーメン屋だというその物件の屋根には、○○軒のような店名が書かれていて、カウンターには最後の日に読まれたらしいスポーツ新聞がポンと置かれていました。

今思い返しても、その当時は、夫の言葉に助けられることがとても多かったです。「迷うことは多いと思うけれど、答えを探してから動くのではなく、走りながら答えを探せばいいんだよ。この場所は、建築で絶対よくなるよ」と言ってくれました。そうして私自身も「右手と左手でできることに絞らないと、実際問題やっていけないだろう。何でもかんでもできない状況なのであれば、できることをしっかりやりたい」と強く感じ、動き出すことに決めました。SNSがこれほど日常に浸透している時代だからこそ、視野を狭めることが大切な時期もある気がします。右手と左手で届く範囲の人たちの、役に立つことだけをやる。そう決めたことで私はとても楽になり、ポジティブに自分の力を発揮できるようになったと思います。

一手間しかかけません、という意思の「HITOTEMA」

店名の「HITOTEMA(ヒトテマ)」は、「お料理には一手間かけましょうね」という意味合いを想像されてしまうこともあるのですが、実はその逆。「料理には一手間しかかけませんよ」という想いを込めて名付けました。人の手をモチーフにしたロゴサインは、「人と人の、手の間」に料理があるイメージから着想しています。物件を見に行き、心を決めてリノベーションして、はじめてお客様をお迎えして。その間、常に息子を抱きながらでした。息子と一緒にはじめたお店という気持ちもあり、母親としてのまなざしも少しだけ入っています。

現代版おふくろ料理の土台は、ローフード

自宅ではビーガン、外食では野菜やフルーツに加えて乳製品・卵・魚を摂り入れるペスカトリアンという食生活をしていた頃、植物性食品を47度以下の熱で調理するローフードに出会いました。ローフードを摂るようになってから、消化がスムーズで、自分自身の心もからだも健やかに変化していく嬉しい実感がありました。そのため、「ヒトテマ」の献立にもスーパーフードやローフードを取り入れています。お出しするのは私が日頃、息子や夫に作ってあげたいと思っている料理。家族のために作る料理って、レストランのシェフが特別なお客様のために作るものとは違いますよね。旨味を強めるために味付けを濃くするのではなく、最小限でありながら最大限に素材の旨味を引き出す味つけ。そのための一手間に心を尽くしています。そういった意味で、現代版おふくろ料理ともいえるかもしれませんね。

台所で遊びながら積もっていった、五感の記憶

板金屋をしていた実家で、母は毎食、3世代、家族8人分の食事を作ってくれていました。私は未熟児で生まれたこともあり幼少期はからだが弱く、外で遊んでいるより母がいる台所で一緒に過ごすことが多かったんです。味、匂い、触感、色彩、調理の音まで。料理にまつわる記憶が五感の快感として脳の奥に記憶されているのは、料理家になった今、とてもありがたく、しあわせなことだと感じます。

海外旅行で何か美味しいものを食べた時など、その美味しさを自分なりに分析して、帰国後に別の素材で再現することがあります。例えば南蛮漬けだったら、甘酸っぱいですよね。その甘さはブドウなどの果物で、酸っぱさはリンゴ酢で再現してみよう、と考えるわけです。自然素材の味わい、ありのままの旨味を調味料として捉える感覚の原点といえるかもしれません。

砂糖の代わりに、果実の発酵エキスを

私が作る料理では、砂糖の代わりに、果実の発酵エキスを使います。用意するのは、お好きな果物と1.1倍の砂糖だけ。例えばリンゴで作るならば、イチョウ切りにしたリンゴ、砂糖、リンゴ、砂糖、と梅酒を漬けるようなガラス瓶に重ね入れます。最後の蓋のところが肝心で、空気の通り道を作っておいてあげることが大切なので、瓶の口にガーゼなどをかぶせて輪ゴムで止めます。それを1日に1回、40回程度、ぐるぐるとかき混ぜます。夏場は4〜5日(冬場は7〜10日)ほどで、ぶくぶくと炭酸飲料のように泡立ってくるのですが、それが発酵完了のサイン。漉して、シロップの状態にしておけば3ヶ月は保存できます。料理に使ったり、水や炭酸水で割って飲むことも。ちなみに、飲み残したワインも発酵させるとワインビネガーになりますよ。

0だったかもしれないものが10にもなる、発酵の魅力

大量に果物をいただいて食べきれないというとき、私はその果物を発酵エキスにします。発酵後に濾したものは料理に使うこともできますし、ちょっと贅沢ですが、ガーゼで包んでボディケアに使うことも。食材を完全に使い切る、無駄にしないことは、とても大事だと思っています。捨ててしまえば0になってしまうものが、発酵させることで、10もの栄養に膨らむ。発酵は昔ながらの暮らしの知恵だと思いますが、現代的な言い方をすると、フードロスを減らすことにもつながる。数ある発酵の知恵の中でも、現代のライフスタイルに寄り添うものを私なりにセレクトしてお伝えしたいと思っています。

自分を観察して、からだが求めるものを摂る

ヘルシーということを突き詰めると、やはり、精神が健やかであることがとても大切だと思います。週に1度ですが、17年間ヨガを続けていて、その時間に自分の心身を観察するようにしています。全身の筋肉のこわばり方などに目を向けると、そのときの体調を知る手立てにもなりますし、体力が落ちていると精神的にも元気が出にくいと思うので。

人は誰しも、いろいろな役割をもっていますよね。あれもこれも抱えて疲れちゃったな、という時はもちろん私だってあります。そんな時は天然塩をたっぷりお風呂に入れてリラックスします。夕方に、もうひと頑張りしたい!という時は、ターメリックショットという手製のドリンクで気合を入れることも。カームダウンさせたいとき、免疫力を高めたいときなど、心身のコンディションに合わせたドリンクを作って摂り入れるのは、とても自然な習慣になっています。

すぐ隣にある新しいものに、すっと手を伸ばす感覚

ナチュラルビューティスタイリスト検定のテキストを読んだことで、あれこれと雑多に取り入れていたナチュラルなことを、統計立てて再確認できたのが良かったです。雑多にしまわれていたプリントが、きちんとファイリングされた感じ。統計立てて知識を学ぶことは、自分にとって必要なものを取捨選択する手助けになるし、人に伝えるうえでもよいですよね。

ヨガやアロマ、ハーブティーなど、ナチュラルで心身をすこやかにする方法って、今や何かしら取り入れている人が多いと思います。例えばハーブティーにそこまで詳しくはないけれど、カモミールティーは飲んだことあるという方が、次はカモミールティーではなく、その隣のチェストベリーに手を伸ばしてみる。たったそれだけでも、新しい世界って広がりますよね。いつもと違うものを選んでみることを繰り返していくと知識が増えるし、楽しみも増える。そんな感覚でナチュラルビューティスタイリスト検定のテキストを眺めてみると、よりよく豊かに生きていけるきっかけがあふれていて、とても楽しい内容だと改めて思います。