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アロマの研究・調査

インタビューVol.1 | 分子生物学者 福岡 伸一さん

生物の進化のウラに“香り”あり!
生物の進化と“におい”の関係

2010.5.14 UP

分子生物学者の福岡伸一さんによると、生物にとって最も重要な感覚器官は、「嗅覚」だそうです。その理由とは?

生物にとって重要な感覚「嗅覚」

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生物が、外部環境を識別するために発達させた感覚機能には、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の5つがあります。いわゆる「五感」です。そのなかであえて順位をつけると、生物学的に一番重要だと考えられる感覚は嗅覚です。その理由として、まず「こちらからコンタクトしなくてもその存在が確認できる」という点があげられます。たとえば視覚であれば、対象物が自分の視野に入ってはじめて認識することができます。味覚の場合は、対象物を口に入れる、というこちらからの積極的なコンタクトが必要になります。しかし嗅覚はどうでしょう。嗅覚は、相手が見えなくても、接触しなくても、そのにおい物質が空気中を拡散して伝われば、その存在を認知できるシステムになっています。

もうひとつ、嗅覚の重要説を裏付けるものとして、においの「レセプター(受容体)」について触れておきましょう。人間は、各対象に対応したレセプターを持ってはじめて、対象を感知することができます。たとえば味覚であれば、甘味、苦味、酸味などを感知するレセプターを5つほど持っていて、その組み合わせによって味を判断しています。視覚も同様で、光の粒子を感知する数種類のレセプターで色を認識しています。そして嗅覚はというと、においのレセプターが発見されたのは、約20年前のことです。発見したのは女性研究者、リンダ・バック博士。彼女の研究によってわかった人間のにおいレセプターの数は、少なくとも数百種類あります。人間の遺伝子が2万数千種類であるのに対して、その全体の数パーセントを、においに関する遺伝子が占めていることになります。ここまでたくさんの数の遺伝子を用意している組織は、ほかにありません。人間にとってどれだけ嗅覚が大切か、お分かりいただけるでしょう。

38億年の歴史が育んだ生物とにおいの関係

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ではなぜ、生物はここまで嗅覚を発達させたのでしょうか。それは多くの生物にとってもっとも重要な「生存」や「繁殖」、「進化」が、においを無くしては果たせなかったからだと考えられます。たとえばフェロモン。オスがメスを探すときに、においの物質を手がかりにする生物は多数存在しています。これはつまりフェロモンというにおいを、「繁殖」に利用しているわけです。そして植物の香りに誘われて蜜を吸いに行く昆虫は、においを「生存」に利用していることになります。ほかにも「この香りがする場所にはおいしい食べ物がある」や、「このにおいがするときは敵が近付いているから危険」など、生物はさまざまな局面で、においを情報伝達の手段として利用してきました。嗅覚が、生存における重要な基盤となった背景には、38億年も続いてきた、生物とにおいの関係があるのです。それに比べると、人間の歴史はたった700万年しかありませんが、生物の歴史のレールに乗っかっている以上、その基盤を持つ遺伝子は、人間にも存在すると考えられます。この遺伝子こそ、「香りと記憶の密接な結び付き」や、「香りによるリラックス効果」など、香りの不思議な力を解明するカギなのかもしれません。いま科学の世界では、香りについて、さまざまなことが明らかになろうとしています。近い将来、においと人間をめぐる画期的な発見があるかもしれませんね。

自然にワクワクしよう!合言葉は センス・オブ・ワンダー

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最近の著書『ルリボシカミキリの青』にも書いたのですが、私がまだ昆虫少年だったころ、ルリボシカミキリのあまりにも鮮やかな青色に、衝撃を受けました。

あんなにもメタリックで深い青色、画家のフェルメールにだって出せないと思います。とにかく「自然界にはすごいものが存在する!」と目を見張ったわけです。この驚きこそ、私が生物学者への道を歩みだした原点。ただ、とくに職業につながらなくとも、この“自然のなかの存在に目を見張ること”はすごく大切だと私は思っています。これについて生物学者レイチェル・カーソンは、こんなステキな言葉を残しています。それは「センス・オブ・ワンダー」。ワンダーとは「驚き」、つまり驚きを感じる心を大切にしよう、という呼びかけの言葉。自然界には、「こんなに美しいものがあったのか!」「こんなにいい香りがあったのか!」など、たくさんの驚きがあふれています。この驚きに、みなさんもっとワクワクしてほしい。これから自然界は、すばらしく美しい季節を迎えます。家にいてはもったいない。「センス・オブ・ワンダー」を持って、外へ出かけましょう!

Prolile

  • 福岡 伸一(ふくおか しんいち)
  • 福岡 伸一(ふくおか しんいち)
  • 生物学者、青山学院大学教授
    1959年東京都生まれ。専攻は、分子生物学。第29回サントリー学芸賞を受賞した『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)は、ベストセラーとなった。他に『できそこないの男たち』(光文社新書)『動的平衡』(木楽舎)『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)、『ルリボシカミキリの青』(文藝春秋)など多数。