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アロマの研究・調査

インタビューVol.3 | 植物生態学者 多田 多恵子さん

したたかな植物たち 前編

2010.5.14 UP

「食うぞ!」、「食われまいぞ!」植物と動物の果てしない戦い

植物はじっとして動きません。ただただ踏まれたり折られたり食べられたりと、動物からみると受け身な生き方に思えます。動物と違い、敵に襲われても走って逃げるわけにもいきません。でも、植物は動物とはまったく異なる、彼らなりの「防衛術」を持っているのです。

中でも植物が広く活用しているのは化学物質による防衛(化学防衛)です。植物の成長には必要ないけれども、動物には毒だったり有害であったりする化学物質を作り出すことで、敵に食べられにくくしているのです。とはいえ、動物たちもそう簡単に引き下がるわけにはいきません。なんとかして防衛物質を克服して食べられるようになったものが現れてきます。こうした攻防は果てしなく続き、その結果、植物も動物も互いに相手に対抗して進化し続けることになります。このような進化を「対抗進化(たいこうしんか)」と呼びます。

「食うぞ!」と襲ってくる動物たちに対して、「食われまいぞ!」と身を守る植物たち。両者の間には、日夜、果てしない戦いが繰り広げられています。

化学物質を武器に戦う植物たち

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ミカンの葉の油点

精油成分がつまったカプセル
ミカン類の葉っぱを透かしてみると、“星空”が見えます。この葉っぱに無数に広がる点々の正体は、「油点」といって、香りのある精油成分がつまったカプセルのようなもの。葉っぱを揉んでみると、精油成分が揮発して、みかんと同じく爽やかな良い香りが立ち上ります。この精油成分が、多くの虫を寄せ付けない防虫効果をもたらしています。

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ムラサキカタバミ

シュウ酸を持つ「カタバミ」
カタバミかムラサキカタバミの葉をよく揉んで、出てきた汁を10円玉にこすりつけてみましょう。すると、あら、不思議。10円玉はピカピカに。葉を噛んでみると酸っぱい味がします。カタバミの仲間は体の中にシュウ酸を蓄えており、酸による化学反応により、表面の酸化銅が還元されて新品同様になるのです。 なぜシュウ酸をもつのでしょう。動物がカタバミの葉を大量に食べてシュウ酸を摂りすぎると、シュウ酸が血液中のカルシウムイオンと結合して不溶性の結晶になり、腎臓結石の原因となり、健康を害してしまいます。葉を食べさせないための防衛なのです。

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タンポポの乳液

ゴムの成分を持つ「タンポポ」
タンポポの茎や葉を切ると白い液体が出てきます。この液体をずっと触っていると、手がベタベタとくっついてきます。実はこの液体には「ラテックス」とよぶゴムの成分が含まれていて、酸素に触れると固体に変化します。つまり食べようとする虫の口を固めてふさいでしまうというわけ。ちなみにこのゴム成分、茎が傷ついたときには“水ばんそうこう”の役割を果たし、病原菌から身を守ります。

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ホオノキは花も葉もよい香り

病原菌から身を守る「ホオノキ」や「ナンテン」
植物にとっては虫だけではなく、カビや細菌も天敵です。そこで抗菌作用を持つ成分を作る植物もたくさんあります。よく知られているのがホオノキ。葉の大きさと殺菌成分を活かして、ホオノキの葉でくるんだ「朴葉飯(ほおばめし)」や「朴葉寿司(ほおばずし)」が生まれました。ナンテンの葉っぱにも殺菌成分があるため、焼き魚や赤飯に添えられることも。こうすることで食べ物が腐りにくくなるわけです。むかしの人々の知恵には恐れ入りますね。

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ヘクソカズラヒゲナガアブラムシ

昆虫とのせめぎあい
毒だからといって簡単に引き下がっては、己の命に関わるのが虫たち。植物の毒を分解する特殊なしくみを作り出すことで無毒化に成功する虫もいれば、有毒なタバコの茎の汁を吸うアブラムシのようにごく細い師管にピンポイントで口針を刺すことにより毒を避けて栄養豊富な師管液だけ吸いとる虫もいます。さらには植物が作った毒をそのままそっくり自分の体に蓄えて、逆に自分の防衛に利用するあっぱれな虫もいます。有毒な植物を特定の昆虫が選んで食べて、自分自身には影響がない形でその毒を体に蓄えておく。これを「選択蓄積」と呼びます。有毒な昆虫は、警戒色といって派手な体色のものが多く、「食べてみるなら食べてみろ」といわんばかりに昼間にヒラヒラと無防備に飛んだりと、よく目立つ行動をとります。このような昆虫の例として、蝶のオオカバマダラやジャコウアゲハなどがあります。ヘクソカズラの臭い汁を吸う真っ赤なヘクソカズラヒゲナガアブラムシもやはり「選択蓄積」により身を守っています。

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美しいが猛毒のヤマトリカブト

アルカロイド系の毒を持つ植物たち
植物は光合成をするので、炭水化物は楽に手に入ります。先ほど出たシュウ酸や精油成分なども、炭水化物から作るのでコストはあまりかかりません。その一方で、植物のなかには、ナンテンやアセビやトリカブトのように、貴重な窒素栄養をふんだんに使ってアルカロイドの毒を作るものもあります。アルカロイドとは窒素原子を含む植物の生産物で、非常に毒性が強い化合物が数多く知られています。植物は大気中の窒素ガスは利用できず、根から水溶液の形で吸い上げるしか方法がありませんが、野外ではつねに窒素が不足がちですぐ枯渇してしまいます。貴重で高価な窒素栄養を使ってまでも身を守るわけです。猛毒で有名なトリカブトはそのアルカロイドを何種類も持っていて、あたかも国家予算のほとんどを防衛費に使っているような状態。ただそれだけに非常に毒性が強く、防衛効果は絶大です。しかし一方で、窒素分が不足して成長が遅くなるというデメリットもあります。つまり食われてもいいからそれを補ってどんどん成長するか、食われないけれども成長が遅いか、そのどちらか。うーん、究極の選択。

ほかにも植物たちが身を守る方法には、棘や毛、粘液などがあげられます。葉から蜜を出してアリを呼んでボディーガードとして守ってもらったり、なかには石ころそっくりに擬態して周囲にまぎれて隠れてしまうものも。植物たちはさまざまな方法で身を守るすべを編み出し、厳しい自然の中で日々、戦っています。

参考文献
『増補改訂 植物の生態図鑑』学研教育出版 多田多恵子・田中肇 監・著


「客を呼び込む花の戦略」に続く

Prolile

  • 多田 多恵子(ただ たえこ)
  • 多田 多恵子(ただ たえこ)
  • 植物生態学者
    東京大学大学院卒。理学博士。植物の生き残り戦略、虫や動物との関係を、いつもワクワク追いかけている。著書に『葉っぱ博物館』『街路樹の散歩みち』(山と渓谷社)、『したたかな植物たち』(SCC)、『種子たちの知恵』(NHK出版)など多数。大学でも一般でも、発見が相次ぐ観察ツアーが好評を博している。