2024.3.29

麻酔もアロマテラピーも、
「恒常性を保つ」がキーワード。

プロフィール

日向俊輔 先生

  • 北里大学医学部麻酔科学
  • 北里大学病院周産母子成育医療センター産科麻酔部門

2009年信州大学医学部卒業後、さまざまな医療現場を経験し産科麻酔科医となる。2016年より2年間、米国コロンビア大学医学部へ留学し、「子宮平滑筋」の基礎研究に従事。その際、患者中心のケアを基本とした産科でのアロマテラピー活用に触れ、帰国後にアロマテラピーアドバイザー資格を取得。妊産婦の自律神経に働きかけるアプローチとしてアロマテラピーを取り入れている。

専門化する医療現場で、
横断的な役割を果たす

−診療における麻酔の役割とは、どのようなものですか。

「麻酔」は“痛みを取る”ものというイメージかもしれませんね。しかし実際には、外部からの刺激に生体が過剰反応してしまうところを、身体機能の一部もしくは全部を抑制し、全身の状態の均衡を保つことが麻酔の目的のひとつです。例えば、新型コロナウイルス感染症の流行時、ウイルスの侵入に抵抗して体内の免疫系が異常に活性化し、多臓器不全に陥るケースが見られました。本来身体を守ろうとする反応が行き過ぎると、逆に宿主を攻撃してしまうことがあるのです。交通事故に遭ったり、手術で切られても、身体は同じように防衛反応を示しますが、それで生体バランスを崩してしまわないよう麻酔によって有害な反応を抑制し、臓器の恒常性を保つのです。

医療の進歩に伴って医学はどんどん細分化しています。そのなかにあって、麻酔科はすべての臓器、神経系、ホルモンなどとの関係性の中で、人間の身体を「全体」として診ることを前提としており、麻酔科医はジェネラリストの役割も果たしています。

−日向先生は産科麻酔に従事していますが、どのようなときに妊婦さんに麻酔を使うのでしょうか。

帝王切開や無痛分娩といった分娩時、さらには妊娠中に手術を必要する場合などにも使います。海外ですと無痛分娩に麻酔を用いるのは一般的ですが、日本での無痛分娩はまだ全体の1割強くらい。ここ数年で増加傾向ですが、対応できる麻酔科医の数が足りていないのが実情です。特に産科で扱う麻酔は母子ともに影響を及ぼすセンシティブなものなので、そこを専門的に行える麻酔科医となると、さらに限られます。

妊産婦に寄り添う
アロマテラピー

―産科麻酔の医師としてアロマテラピーに興味をお持ちになり、資格を取られたのはどのような理由からですか。

無痛分娩で痛みを取っているにも関わらず、表情のさえない産婦がいます。”ハッピーなお産”は何かと考えると、赤ちゃんが母体から無事に出ればよいわけではなく、産前・分娩経過中・産後を通じて母子が健やかであること。産婦は、間近に迫った分娩への恐怖や生まれてくる子どもの状態など、精神的な不安も抱えています。無痛分娩によって身体的な痛みを取ればよいという訳ではないのです。私の勤務する総合病院などでは高度にシステム化された分娩計画のもとでお産が進むため、医療以外で患者の不安を取り除く発想は生まれにくい環境でした。

しかし基礎研究のため渡米した際、ここよりもはるかに巨大で組織化された病院で、急性期の患者も抱えながら、妊産婦の悩みに個別に対応している助産師の働きを見て学ぶべきことがあると思ったんです。そこでは分娩経過中にアロマテラピーを補完的に導入していて、何よりも妊産婦がリラックスして過ごしていました。私が考えるハッピーなお産がそこにあったのです。帰国後アロマテラピーについて本格的に勉強し、資格を取得したうえで、お産の過程に意識的にアロマを取り入れています。

―産科でのアロマの活用について教えてください。

薬理学的特徴に紐づけて精油を使用するというよりも、何らかの介入によって母体に精神の安定がもたらされるのであれば、それを使っていくべきだという考えでアロマを導入しています。分娩を進めるうえで重要となる「子宮収縮」は、副交感神経が優位になると促されるのですが、陣痛があってもなかなか生まれないでいる産婦のベッドサイドに精油を少量置いてあげると、子宮収縮が始まりお産が進むということをたびたび経験しています。お産が長引き心身共に疲弊している産婦に好きな香りで気分転換してもらいたいという気持ちで行なっていますが、その結果リラックスし、つまり副交感神経優位になるのだろうと考えています。どの精油を使ったらこうした作用が得られる、を指標とするのではなく、患者の嗜好に合った精油、“産婦自身の”自律神経に働きかけるものを選べるように、日頃のコミュニケーションも大切にしています。

未来の産科医療における
“内”からのアプローチ

―今後さらにアロマが医療に、特に産科の領域で貢献できることはありますか。

副交感神経が優位になると子宮収縮が促進される可能性が高いことは分かっています。一方、エストロゲンの分子構造と似た芳香成分から成る精油を使用することで子宮の収縮が促進される、という定説がありますが、その科学的根拠はまだ示されていません。産科医療分野におけるアロマテラピーの活用をさらに浸透させるためには、その機序を明らかにすることが大切だと思っています。それを解明することに研究者として興味があり、また、妊産婦にとってのメリットも大きいと考えられます。

私は子宮平滑筋(子宮内膜を支える外側の筋肉)を研究テーマにしているのですが、平滑筋の働きを人工的な実験環境のもとで見ることができる研究体制を確立しようとしています。この研究が進めば、子宮平滑筋に精油がどう作用するのかが分かるようになる可能性があるのです。現在は分娩を進めるため、あるいは産後の出血を減らすために子宮収縮剤を使いますが、この薬剤はしばしば副作用を伴います。そもそも身体機能の促進には、内因性のもの、身体の内から出るホルモンなどの働きを利用することの方が自然の流れであり、恒常性を維持するという意味でも理に適っていますので、もし精油と子宮平滑筋の働きに有意な関係性が見出せれば、分娩誘発や産後の出血を軽減するより安全な選択肢となり得るかもしれないと期待しています。

※記事はすべて取材当時の情報です。

プロフィール

日向俊輔 先生

  • 北里大学医学部麻酔科学
  • 北里大学病院周産母子成育医療センター産科麻酔部門

2009年信州大学医学部卒業後、さまざまな医療現場を経験し産科麻酔科医となる。2016年より2年間、米国コロンビア大学医学部へ留学し、「子宮平滑筋」の基礎研究に従事。その際、患者中心のケアを基本とした産科でのアロマテラピー活用に触れ、帰国後にアロマテラピーアドバイザー資格を取得。妊産婦の自律神経に働きかけるアプローチとしてアロマテラピーを取り入れている。

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