-これまで取り組まれてきた研究テーマ「アロマコロジー」について、教えてください。
アロマコロジーは、芳香浴によって人体に起こり得る生理的・心理的効果を研究する分野です。アロマテラピーは療法的なものを伴いますが、アロマコロジーは香りを嗅ぐことに起因するすべての影響を含みます。近年聞かれる「香害」※なども、アロマコロジーにおける悪い効果の例といえるでしょうね。香料を扱う立場から見ると、単純な香りの付与を目的とした国内での商品開発はすでに頭打ちで、市場は過渡期にあります。個人的な楽しみや癒しを香りに求めるという方向から、香りの利用用途を増やしていこうという方向へ向かっているのです。スーパーの食品売り場でおいしそうな匂いを出して消費者の購買意欲を刺激するなど、人の行動を香りで促すようなケースはまさにアロマコロジーの領域で、最近の香りづくりの現場ではこうしたニーズが増えています。

※香害・・・香料に含まれる香り成分で、頭痛やアレルギー症状など健康に害を及ぼすこと

2012年、京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了後、近畿大学農学部農業生産科学科助教として植物の機能性や、植物の香りが人体に与える影響について研究。現在は稲畑香料株式会社にて、市場が求める香りの分析や、香料のレシピ開発を行っている。

-具体的には、どのような研究内容・方法なのですか?
精油の香りが人体に起こす変化を客観的な方法で明らかにするのがアロマコロジー研究ですが、実は「芳香浴効果を検証する」研究はまだほとんど進んでいません。たとえば、ラベンダーといえば鎮静効果だと思われている方も少なくありませんが、そうは言い切れません。ラベンダーの場合、真正ラベンダー、ラバンジン、フレンチラベンダー……と、流通しているものだけでもさまざまで、香り成分組成がそれぞれ異なります。一般的にはまず被験者に精油を嗅いでもらい、心拍数の変化から自律神経の状態を解析しますが、真正ラベンダーでは副交感神経活動の優位性(リラックスした状態)が確認できましたが、ラバンジンではその兆候が見られなかったのです。さらに同じ種のなかでも、生育環境や品種、採取時期で成分にバラつきがあり、効果と香り成分組成との普遍的な関係性が解明されていないのも問題です。それを突き止めるには気の遠くなるようなプロセスがあるかと思いますが、それこそが研究の醍醐味、詰将棋にも似た面白さがあるのです。

-気の遠くなるプロセス、とは、条件をマッチングさせる難しさがあるということでしょうか?
条件をひとつひとつ潰していく、というのも確かに大変な作業ではありますが、研究成果の説得材料となる生理的評価のデータを集めることが、そもそも難しいのです。倫理的な問題もあり、ヒトを対象としたデータを集める上でアロマの研究には多くの制約がついてまわります。それでも、人々と香りの間にある関係を突き止めたいと考えています。果物や花の香りを嗅いで「癒される」、「気分が晴れる」、さらには「記憶力がよくなる」や「集中力が増す」といったことまで、実に多くの人々が香りに魅せられた経験を持ち、何かを漠然と信じている。それこそがアロマの魅力でもありますが、その根拠というか、法則を解き明かすことができたら、今ある香りの“先”の世界が見えてくるのではと感じています。アロマの本当の価値が試されるのは、そこからだと思うんですよね。

-植物にとって、香りはどのような役割なのでしょうか。
植物は、「人間を癒そう」などと思って香りを生成している訳ではありません。危険を回避するためだったり、相手を攻撃したり、繁殖を促すためだったり、手足を持たない植物が厳しい環境下で生き延びる手段として“香り”があるのです。そのため、過酷な環境であればあるほど強い香りを発し、安全な場所ではあまり匂わないのが一般的です。最近では「個体間コミュニケーション」といって、同じ種の植物同士が香りで危険を知らせ合う可能性も論じられています。一方、植物の香りが人間に与え得る影響については、先程お話ししたように、検証も含めてまだまだ黎明期なのです。学術分野では解明されていないことの方が多いのに、産業界では香りの活用がかなり進んでいるということに、研究者としては少々危機感を持っています。混沌とした情報社会の構造のなかで、個人の香りの体験と科学的根拠を持った論文が交錯し、「効果・効能」ばかりに注目が集まります。本来、香りは生存競争を生き抜く手段、使い方を間違えば毒にもなるという認識を、アロマを扱う者として改めて発信していきたいと思っています。

AEAJ 公益社団法人 日本アロマ環境協会

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