-篠原先生の研究テーマについてお聞かせください。
医学を学ぶうちに、脳に興味を持つようになりました。同時に「子どもの健やかな心の成長に関わりたい」という思いもあり、児童精神医学の分野へ進みました。その当時(1980年頃)は、子どもの発達障害は親のしつけや家庭環境における問題が原因という考えが主流でしたが、そうした心の発達過程の障害を科学的な見地から解消できないかということが動機となり、脳とホルモンの関係を研究するようになりました。その過程で、医者として外来で多くの子どもやその母親たちに接するうち、ホルモンバランスを崩すことで引き起こされる女性の深刻な症状や、病気とは診断されない「未病」(病気に向かっている)の状態に多くの人が悩まされていることを知り、人間のクオリティ・オブ・ライフを向上することが、いつしか研究の根源的なテーマとなりました。

‘84長崎大学医学部卒業。東海大学大学院博士課程修了後、横浜市立大学、バージニア大学等を経て長崎大学大学院医歯薬学総合研究科神経機能学教授に就任。日本生理学会、日本神経科学学会、日本味と匂い学会等、その他所属学会多数。小児精神科・心療内科医師でもある。

-最新の研究では、どのようなことに取り組まれていますか。
これまでは、子どもの成長への興味から親子関係、そして人間社会でのコミュニケーションの場における脳の反応とホルモンの変化について主に研究してきましたが、その成果を踏まえて「家族のはじまり」の研究が始まっています。他人同士の男女が惹かれ合って子孫を残す、という人類のビッグバンを解明することは、現代の社会問題解決の糸口にもなると考えています。例えば、現代の社会では、家族をつくり子孫を残す、そのプロセスに問題があると考えています。恋愛しない若者、セックスレス、虐待、離婚の増加、その結果、「少子化」となっているのではないでしょうか。都市の人口密集やストレスなどの背景が生物学的なメカニズムを脅かしているのですが、そこにはホルモンの変化、その要因となるフェロモンが大きく関わっています。


-現代社会における「少子化」問題と、フェロモンはどのように関わっているのですか。
まず、人類のビッグバン(男女が惹かれ合い家族を形成すること)にフェロモンが関わっています。フェロモンは、体内で生成され体外に分泌される化学物質で、同種の生物の行動に変化を与えます。「におい」ではありませんが、嗅覚によって受容されるので、においと同じくダイレクトに生存や本能に関わる脳に届き、その情報がホルモンレベルを変化させたり、直接、行動変容を起こしたりします。適切なスキンシップによって男女がフェロモンを交換し合うとホルモンが活性化し、性欲が働き生殖行動へと促されます。しかし、満員電車などでは否応なく他人のフェロモンを嗅がされることになります。フェロモンは分子が重く遠くまで飛ばないため、本来親しい人だけが受け取るものです。それを見ず知らずの他人が受け取り、その人が不快と感じた場合、脳は拒否反応を起こし、ホルモン産生組織への伝達ルートは混乱します。それがホルモンの不活性化を招き、少子化につながる要因のひとつになっているとも考えられます。また、人間ではまだ証明されていませんが、雌が集まり過ぎると自衛本能から卵巣を委縮させるフェロモンを出し合うというデータもあり、過密した環境が女性の不妊の一因になっているとも考えられるのではないでしょうか。

このように、フェロモンは人類の生存に関わる重要な役割を果たしますが、少子化の問題だけではなく、子どもを産んだ後の子育てや家族の関係構築にも関わっています。例えば、おばあさんから発せられるフェロモンは、憂鬱な気分や悲しい気持ちを和らげます。母親に叱られた時など、子どもにとっておばあさんは物理的な逃げ場になるだけでなく、精神的ななぐさめにもなっているのです。お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんには、それぞれ子どもの健全な成長を促すフェロモンが備わっており、互いに愛情を育んだり、家族の絆を深めることに役立ちます。しかし、核家族や、地域でのコミュニティが崩壊しつつある現代では、理想的にフェロモンを交換し合う環境はなかなか成立しません。生活環境や文化的な背景を変えることは難しいですが、フェロモンによる非言語のコミュニケーションを見直して、生物学的なメカニズムを整えていくことで、現代の社会的課題である家族形成の問題に、今後も取り組んでいきたいと思っています。

AEAJ 公益社団法人 日本アロマ環境協会

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